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君がスタンダード

空男革命

 

キーボードを前にして立つ長妻に対して、彼がLove-tuneに入った宿命としてその使命を担ってから、わたしはしばらくというもの後ろ向きだった。バンドそのものへの不満はさらさらない。キーボードの技術など簡単に身につけられるものだ、とも思っていない。ただ、弾ける、それ以前に、弾けているようにはせめて見せて欲しかった。出来ない姿を大々的に晒す状態が半年間続き、キーボードの出番のたびに『あぁ、またキーボードか』と、やるせなかった。今までこなしてきた仕事の会得スピードと比較した時、半年は長妻にとっては長い。すべて"全力投球"でやってきた彼の、そうでないようにみえる姿は、素直に受け入れがたく、もしこの先もそうであるならば、いっそ諦めてはじめから踊ってくれればいいのに、とさえ思っていた。

 

しかし、彼と彼の仲間は水面下で計画を練り、予想だにしなかった革命は、3月に起きる。革命という騒々しく大げさな言い回しをしてしまうが、わたしの固定観念や勝手な心許なさを、余すところなくひっくり返したあの瞬間を、特別なこととして飾ることを許してほしい。

 

ことのはじまりは、ジャニーズJr.祭り、Love-tuneのパフォーマンス。"MU-CHU-DE 恋してる"のラストにかぶせた安井くんの煽りで会場のファンを沸騰させてからの"CALL"。長妻は花道をゆっくり歩いてから、アクロバットでステージ中央に登場する為、すぐには気づかなかったが、踊り始めた時、ステージに違和感を覚える。そこには、はじめてみるものが置かれている。

 

KORGの白いショルダーキーボード。

 

胸が高鳴りすぎて、鮮明には覚えていない。間奏で7人が列になり手を繋いだ後、長妻がその見たことのないものを手にし、肩に掛け、歩きはじめた。最後のサビで花道へ駆け出していって、1人そこでピンスポットライトを浴びて、歌いながら、キーボードを弾いている。その光景は、どんな朝焼けも夕陽も星空も晴天も勝てないような美しさをもって、いまだにわたしの頭の中を支配している。

 

長妻に足が生えた!という簡単な感想しか抱けないほど、衝撃はずっと身体を巡って消えなかった。長妻が、キーボードと共に、動けるようになった。動いてほしい、弾いてほしいを全部を叶える平和的解決策。いや、そうというより、あれは武器だ。彼が弾けなかったから、彼らがノーマルじゃいられなかったからこそ、選ぶことが出来た武器を、長妻は手にした。

 

長妻の父親が必死に探し、母親が買ってくれ、母親が長妻につけるはずだったかもしれない"空男"という名前を長妻自らつけたショルダーキーボード。見た目としての機能性、機動性はもちろんのこと、長妻にとってのファーストキーボードである空男くんは、何より長妻にそれに対する覚悟を決めさせた。その"友達"(彼はそう言う)を迎えてから、長妻のキーボードに対する発言は、ぐんと増えた。雑誌の取材現場に空男くんを持ち込み、練習している様子もしばしば撮られるようになり、キーボード経験者にアドバイスを自ら求めにいくようにもなった。こうしてキーボーディストとしての意識改革を長妻にもたらした空男くんは、長妻にとっても、Love-tuneにとっても、世界を広く、明るくする確かな革命児だった。

 

程なくして5月に入り、『何かはナイショだけど、(新しい挑戦を)やるかもしれない』と長妻が言っていたクリエ。わたしはその発言を見る前から、勝手な予想は立てていた。いつか弾き語りを、と彼が前から言っていることを、忘れたことはない。

 

開演前のステージには、スポットライトを浴びながら、時を待っている空男くんがいる。Love-tuneにとって楽器は、音が鳴らずとも、そこにいるだけで会場をあたためてくれる存在。そのありがたみを感じながら、期待は膨らむ。

 

幕が開き、1曲目の"CALL"が終わり、その後はずっとスタンドキーボードを弾く曲が続いた。それに関しては当然、物足りなさを感じていた。せっかくの空男くんをどうして使わないのか、わからなかった。


セットリストは中盤。突然、ステージ下手に設置されたキーボードへ長妻が向かい、その隣に萩谷くんが立つという、2人だけのとてもこぢんまりした空間がつくられた。少しの静寂の後アイコンタクトをとる2人。聴こえはじめたのは長妻のピアノの音と、"恋を知らない君へ"を歌う萩谷くんの声。それだけが会場に響く。

 

長妻は、随分堂々としていたように見えた。予想していた弾き語りでこそなかったが、来た、この瞬間が来た!と覚悟をきめたかのように勝手に祈るこちらの心情をよそに、彼は澄ました表情のままでいた。心配なんてさせない、この出来栄えが僕の常だと訴えているような振る舞いだった。
しかし音がブレはじめると、様子は変わり、落ち着きがなくなっていく。初日は途中で音が途絶えたが、萩谷くんに励まされ*1緊張がほぐれたようで、それからはスムーズに進み、最後は連弾で2人は曲を締めくくった。

 

わたしは出来栄えというより態度の点で長妻にたいそう感心はしたが、感動というより寧ろ、"魅せる"というテーマのもとに全体的に仕上げて来ているクリエの中で、完成しきっていないものを浮かべることがどれほどの英断か、と苦い思いが拭えなかった。

 

しかし、のちに萩谷くんは『練習でどれだけできても本番はまた違う、その空気感をながつに味わってもらいたかった』と語る。つまり、あの時間は、頑張って練習したらここまで出来るようになりました、という単純で単発的な感動を誘う成果発表会としてではなく、グループとして、Love-tuneとして、(願わくば)恒久的なこの先を見据えている、ということを表明するためにあったのかもしれない。クリエというホーム感のある舞台を選び、旧最年少の萩谷くんが引っ張り、現最年少の長妻がついていくという挑戦は、最終的にグループ全体の経験値の底上げを狙ったものである。その時間をあえて大胆な形で取った彼らに、このメンバーで互いが支え合い、確かに成長していくという決意を感じずにいられない。"恋を知らない君へ"は、Love-tuneのこれからを、魅せてくれていた。

 

そして"なぜ空男くんを使わないのか"に関しては、あまりに遅すぎる気づきだったが、空男くんは片手しか使えないのである。つまり、キーボードとしての一般的な音を望む時、空男くんに出番はない。クリエは、空男くんだけに頼らず、きちんとキーボードのスキルをあげることを大切にしたいという、意識の表れだったのだろうか。

 

さて、長妻とその友達にとって、はじめての夏がやってきた。『この夏はあの子(空男くん)のまだ披露してなかった音を披露できてよかったな』と長妻は振り返ったが、それほど彼は、すっかり友達と仲良くなっていた。

 

〜君たちが〜king's treasureのLove-tune単独ステージ。ほんの1分ぐらいのことだったろうが、ステージに長妻と空男くんだけしかいない時間があった。DJ remixコーナーへの繋ぎの音を、長妻は空男くんで弾く。(そもそもステージに自分だけしかいない時間が、はじめてである。)かなり平たく表すと、テクノのような音でメロディーを弾いてから、ボタンをひとつ押すと高揚感たっぷりのザ・EDMに交わり、そこからDJ YASUIにバトンタッチという流れ。スモークに包まれ、電飾がギラつくセットの中、凛とした表情で空男くんを操る長妻には、少し余裕すら感じた。空男くんといかに距離をつめたのかが、よくわかる。

 
この夏、仕事は続き、長妻はA.B.C-Zのコンサートに3年連続の出演。(私は大阪には行かなかったので、順番が前後して失礼。)ここでも長妻は、思わぬ姿をみせてくれる。
キーボードを弾きながら、にこにこと、まわりを見ながら、まわりに見られながら、自由にリズムに乗り、使ってない手があればその手で会場を煽る長妻。この文面だと、取り立てて言うことでもないように思えてしまいそうだが、ようやく彼はこの、キーボーディストとしてもっともらしい姿にたどり着くことができた。

1年前のA.B.C-Zのコンサート。静物のような様で、色のない表情で、キーボードを弾く長妻を、見てはいたけれど、見ていられなかったことが蘇る。*2

 

出番がかなり多かったこのコンサート、まず何曲もあったバンドの曲を覚えたのが見事である。長妻は、まだ譜面をみるだけでは弾けないはずなので、指の動きを覚えなければならない。それを過去は雰囲気で乗り切ってきたが、今は音と指があっている。甘いのは承知だがそれすら出来ていなかったので、ここは1歩として認めたい。また、このコンサートではキーボードが2種類用意されていた。1つはシンセサイザーのような音が出て、もう1つはグランドピアノのような音が出る。長妻はこの音の違いも把握して、このフレーズはこっちのキーボード、というのもプラスで意識しなければならなかった。その知らずのうちに与えられていた新しい課題に向き合いながら、あくまでもさらりと、バンドとしての任務を全うしたことは、嘉すべきことだと思う。

 

8月のサプライズは、まだあった。彼らの夏を締めくくった、橋本くんのソロコンサート。全9回のコンサートのうち5回目ではじめて、橋本くんは"虹"を長妻の伴奏で披露した。

 

長妻がまさに今弾いている音が、辿々しくはあるが、はっきりと会場に響く。テンポは狂うし、つっかえる。でも、その空間が、長妻のことを気遣う橋本くんの目のおかげもあってか、柔らかかった。長妻は、タイミングを合わせるところ以外でも橋本くんのことを、よくみている。目の前のピアノだけにならないように意識している。

 

"虹"は合計3回しか架からなかったが、この時間のない中で、ついに先輩のソロ歌唱の伴奏を被せではない音で勝負したことは、もはや彼らしいとも思える。春から積み重ねてきた自信が、確かにいきている。

 

9月。YOU&ME IsLANDでは、Princeの歌唱シーンにおいて伴奏を担当。長妻=ピアノを弾く人、というキャラクタライズが出来ていると実感し、これにも昂った。Love-tuneのピアノ担当としてではなくて、ピアノを弾ける人という長妻怜央個人のニーズ、嬉しくないわけがない。

 

10月。Love-tune Live 2017(このライブがいかようなものだったかを形容する言葉は、いくら並べても並べきれないので諦める)は、長妻のピアノが目立つ場面はなかった。それが逆に、キーボーディストとして、ようやくLove-tuneに馴染んできた証拠だと感じる。"T.W.L"は夏は空男くんを使っていたが、秋はスタンドに切り替えることでブラッシュアップ。"君だけに"や、"This is Love Song"など、ピアノの音が際立つ曲は、すっと顔に表れる艶やかな影に、ひとつひとつの音に込める真剣さを感じる。空男くんの登場は3曲。空男くんの代表曲"CALL"、ドラムセットに全員で楽器を持ったまま集い、そのまま前へせり出してくる"SHE SAID…"と"ONE DROP"。その、全員を萩谷くんのまわりの1箇所に集中させるという演出は、当然空男くんなしでは出来ない、うまれようがない。ライブ終盤の畳み掛け、バンドをしながら、派手に自分たちが動くことなく、ビジュアルで魅せる方法。今、文章で打っていても意味がわからない、そんなこと出来るのか。出来ていた。

 

2017年秋、なぜわたしが、いまこの記事を書くかというと、忘れそうだからだ。キーボードの長妻に対して、いつのまにかすっかりなくなったマイナスな気持ちのことを。ゆっくりだけれど、周りに支えられながら、出来ることを増やしてきた長妻のひとつひとつの取り組みも、彼が立派になるにつれて、どんどん特別ではなくなってしまいそうだ。それを、"増えていく思い出忘れないように 半分はもっててよ"とLove-tuneが歌う*3ので、是非そうすべく、記す。

 

長妻は、『空男くんすごいよ』と言う。キーボードのことなど何もかもわからなかったはずの長妻は、彼をすごいと理解している。きっと空男くんは秘めた音で、わたしがまだ知らない長妻の姿と、Love-tuneのパフォーマンスへと、先導してくれる。

 


革命の余波は、続く。

 

*4

*1:その声はこちらには聞こえなかったが、『がんばろ!』と声を掛けてくれていたそう。がんばれではなくがんばろ、に、萩谷くんの責任を感じる

*2:冒頭の3曲を弾いていたが、萩谷くんのドラムと長妻のキーボードはステージセット上部に設置されていたので、映像で確認することは全く出来ない。かつ、このコンサートは石垣くんもいたので、その後は長妻は弾かなかった

*3:"This is Love Song"の歌詞

*4:誤解のないように、一応。わたしは、彼らが生音だけでないことに対する抵抗は、全くない。